甲斐武田を探検っ!!

 

正宗寺

 

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ks025

正宗寺、「しょうそうじ」と読みます。正宗寺は甲斐源氏岩崎氏の祈願所だったそうです。その岩崎氏は鎌倉時代から室町時代前期に活躍していました。しかしながら、甲斐の内乱のなかで滅亡しています。

お寺には駐車場はありますが、こちらのお寺の前の道が少々細め・・・・。また全国でも有数のぶどうの産地勝沼ですので、周囲は葡萄畑です。ちょっと話はそれますが、この勝沼、最近のんびり休日のお昼を過ごせちゃいそうなお店があったり、ワイナリーがあったり。意外と?楽しめそうなので、こちら方面でもいずれ探検したいと思っています。

天正十年(1582)織田徳川軍の甲斐侵攻のとき。武田勝頼は新府を捨て岩殿城におちて行こうとするわけですが、その途中でこちらで休憩します。

結果的に、皆さん御存知の通り勝頼一行は岩殿城に行けず、田野にて武田氏滅亡。こちらのお寺も織田軍により焼かれてしまったそうです。

武田氏滅亡に関すること、管理人原田さんの「織田信長 下天夢紀行」というホームページで細かく説明してくれています!なるほど・・・・という感じでかなり勉強してしまいました、一度見てみてはいかがでしょう?

その後正宗寺は天正十三年(1585)に再建されています。

 

 左写真:石和方面(西)へ向かっている道

右写真:笹子峠方面(東)に向かっている道

勝頼らはどんな気持ちで歩いたのでしょうか・・・・

  

 <2007/1/19>