甲斐武田を探検っ!!

       岩松山信盛院

 

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史跡・関係地名:曹洞宗青松院末岩松山信盛院・岩手氏墓所

住所:山梨県山梨市東

場所のわかりやすさ:○

駐車場:○

説明板:×

売店:×

地図:

 

関係人物:岩手縄美・岩手信盛など

<岩手氏墓所の寺院>信盛院(しんじょういん)は、甲府方面から国道140号(雁坂道)を走り、岩手橋西詰交差点を左折。JAを目印にするとわかりやすいはずです。信盛院は激戦であった第四次川中島合戦の翌年、永禄五年(1562)に開かれたと伝わり、開基は岩手能登守信盛、開山は越前朝倉氏の出自とも言われる叔応文伯と伝わります。

 

 

 

<岩手氏と武田氏>本堂横には岩手氏の墓所があります。

 

 

近年建てられた新しい墓所ですが、左は岩手能登守信盛、法名「信盛院殿宥山雲公大庵主」。右は岩手治部少輔縄美、法名「大岩院殿信月光公」。墓石四方に、彼等の功績などが記されています。

岩手治部少輔縄美は武田信虎の叔父です。つまり信虎の父信縄は岩手縄美の兄になります。永正四年(1507)信縄が病死し信虎が家督相続すると、縄美は兄油川信恵に組し信虎に対し反旗を翻しますが、永正五年(1508)勝山城にて信虎の奇襲に遭い兄信恵とともに敗れ自害しています。その縄美の子が信盛です。反信虎であった縄美でしたが、子等は誅されることなく生き残っています。その後信玄の時代になると岩手能登守信盛、さらにその子信景は旗奉行を務めていました。

武田氏滅亡時、信景は織田信忠の命で自害しますが、一族は生き延び幕臣となります。

周辺の甲斐武田氏関係地:上野氏屋敷金光寺など

参考文献:甲斐国志・山梨県史資料編・山梨市史・山梨県の武田氏伝説/笹本正治など

<2006/8/11 2012/3/8リニューアル>