甲斐武田を探検っ!!

 

泉勝院

 

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韮崎市神山町武田にある泉勝院。武田八幡宮の近くです。駐車場も境内になりますがありますのでご安心を。

近くには「王仁塚(わにつか)」という所があります。古墳の上に大きな桜が一本。八ヶ岳をバックにした写真などを興味のある人なら一度は見たことあるはず。春にはゼヒこれもお勧め!(かなり混みますから、ご注意を・・・)

話が飛んでしまいました・・・さてこちらのお寺、天正二年(1574)拈橋(ねんきょう)という僧が開山なんだとか。その拈橋、武田氏ととても関わりが深いんです。譜代家老衆として諏訪郡代や上野松井田城代を勤め、遠江二俣城攻めで馬場美濃守信春と先陣を争い城内に突入、戦死したと伝わる小宮山丹後守虎高(昌友とも)。その嫡子は勝頼側近と対立し讒言により蟄居させられたにも関わらず、天正十年(1582)武田氏滅亡の際、多くの家臣が逃亡するなか田野に駆けつけ勝頼に涙させた小宮山内膳友晴。その内膳の弟が拈橋となります。

彼は当時の甲斐で大きな影響力をもっていた広厳院の第七世住職をつとめ、さらには徳川家康の命により武田勝頼の菩提寺景徳院も創立します。

 

韮崎市誌によると、泉勝院開山は拈橋なのですが、開祖は不明なのだそうです。しかしながら山号がなんと「武王山」!ちなみに武田信勝の幼名が「武王丸」です。武田八幡に近いという立地なども踏まえ、市誌では「武田一族のよほどの人物が創立に関わったのではないか?」と、かなり夢膨らむ話をしてくれています。そういわれると楽しいじゃないですか!!一体誰が開祖なのでしょうか・・・?

 <2007/6/9>