甲斐武田を探検っ!!

 

泉龍寺 油川彦八郎信恵館跡

 

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その昔、甲府市西油川とひとつの地区であったといわれている笛吹市石和町東油川です。二つの地区の間にかつては笛吹川が流れ、今は笛吹川の水路変更で平等川と濁川が流れます。そんな感じなので、昔からかなりの水害に見舞われていた地域、すべて流され、なにも残ってません。しかしお寺の由来が書いてあったりするちょっとした石碑があります(もちろん最近建てられたものですが)。が、それ以外はとくになかったような・・・・お寺は油川氏の菩提寺として信恵の子、加賀守信友(次男?長男信貞は勝山城で討死)が屋敷跡に建立したそうです。油川氏の詰城は「勝山城」ですよね!

 

油川氏ですが「勝山城跡」でも紹介しているように、信虎の叔父信恵が油川に居を構え、その地名を称したことから始まります。

     油川信恵-信友-信吉(永禄四年/1561・川中島にて討死)-信次(天正三年/1575・長篠にて討死)

信次のあとは信貞という人物が継ぎますが、彼は仁科盛信の二男だそうです。家系保持のため祖母方の油川氏を名乗ったとか。

 

ちなみに天正十年(1582)徳川氏に提出された旧武田家臣の起請文の中に侍大将として名がある「油河弥平豊子」「油河刑部信守」はどの家系か不明だそうです。

 

また「福泉寺城」という城が、かつて甲斐のどこかにあったらしいんです。城の周囲は沼地だったと言われていて、この辺の地域に当てはまるんですよね。その他様々なこと考慮すると、ここではなかろうか?といわれているそうです。

<2006/8/11>