甲斐武田を探検っ!!

 

積翠寺

 

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武田神社(躑躅ヶ崎館跡)の西横の道をグングングングン山に向かいます。そうすると右手に積翠寺が見えます。その道をもう少し行くと積翠寺温泉、信玄の隠し湯といわれています。さらに登ると太良峠を越え山梨市(窪八幡神社周辺)に出ることができます。武田氏時代は間道として利用されていたようです。、牧丘町誌によると、現山梨市牧丘町牧平を領し、要害山城に通じる間道の守衛にあたった竹川氏がいます。

積翠寺は大きいとか外観的に特徴のあるお寺ではないんですが、甲斐武田氏にとってはとても重要な場所となっています。ちなみに境内からは要害山が見えます(上から2番目の写真)。

大永元年(1521)今川家臣福島兵庫頭正成らが約15000人の軍勢で甲斐府中近くまで乱入。甲斐国内は騒然となります。大井夫人らは戦乱(飯田河原合戦など)を避けるため躑躅ヶ崎館の詰め城、要害山城に避難しようとします。しかし夫人は身重なため急な道などは非常に厳しく、とりあえず麓の積翠寺に避難することになります。そんな戦いの中、11月3日に一人の男子が生まれました。また、福島との戦いも武田軍の奇跡に近い勝利をおさめます。喜んだ父信虎は生まれた子に「勝千代」と名づけたのでした。後の信玄、誕生の逸話です。

本堂左手からぐるっと裏手にまわりこめるんですが、そこに「信玄公産湯の井戸(左の写真)」がありました。信玄が生まれたとき、こちらの井戸水を使ったんだそうです。この横にある庭園は夢窓国師の作だと伝わっています。さらには産湯天神なるものもあるそうです(忘れてました・・・)。しかし、本堂横に「武田不動尊」なるものが建っていましたけど。

以前行ったときには駐車場らしき場所がなかったのですが、この間行ったらお寺の西側に広い空き地が。駐車場でしょうか?横の道路を工事していたので、その工事用の敷地なのか・・・

 <2006/2/22>

前回お邪魔したときに気になっていたお寺西側の空地。やはり駐車場のようですね。また、その敷地の南側には石祠が並んでいます。こちらの中央の大きな祠は「産湯天神」と呼ばれています。バックには甲府盆地がのぞいています。晴れた日には気持ちいい場所ですね!

 <2009/7/11 追加>