甲斐武田を探検っ!!

 

西原五輪塔群

 

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南アルプス市西野にある西原(さいはら)五輪塔群の紹介です。場所的にはフェンスに囲まれていたりするので、かなり注意しないと通り過ぎます!

しかし「西原五輪塔群」・・・言い方が堅苦しいですね、なんか。つまりは、こちらの地域に伝わる武田信虎期の伝承なんです。

南アルプス市のパンフ・HPなどに紹介はされていますが、こちら駐車場はないはずです(パンフには「散策ルート」のひとつとして紹介されています)。

 

武田信虎が川田の地に館を構え、急速に勢力を拡大していた頃の話。このあたりには「明慶院(みょうけいいん)」という武将がいました。彼は信虎と親交がありましたが、彼の地域の南西方面には今川氏とよしみを通じ大きい勢力を持つ大井信達がいて武田家と激しく敵対していました。そこで明慶院は武田家とより関係を強化し、大井氏を討つ先鋒になろうとします。そのため明慶院の娘、西野(せいや)姫は信虎に輿入れすることになり屋敷をでますが、その直後明慶院と大井信達は戦闘に入り、武田家の援軍も間に合わず一族郎党は西野小森という場所で全滅してしまいました。

一族が滅びてしまった西野姫は政略結婚の役目がなくなってしまいます。悲しみの中、彼女は出家し一族郎党の菩提をともらったのだそうです。

その後、大井氏は武田家と和解。信虎は大井信虎の娘を正室として迎えます。彼女こそが武田信玄の生母、大井夫人です。

こちらの五輪塔群は西野姫や父明慶院、その一族などの墓と言われています。

ちなみに、とある秘密ルート(笑)から手に入れた笛吹市観光連盟の「風林火山マップ」という観光パンフレットにも色校段階くらいまでには、川田館(武田氏館・石和館)の枠で西野姫が紹介されていました。さすがに、場所的に関係ない・・・ということなんでしょうね、最終的にはスパッと変えられています。

 <2008/1/5>