甲斐武田を探検っ!!

 

清源院 向山出雲守屋敷跡

 

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甲府市上向山(旧中道町です)にある清源院。ここは、正直ナカナカ難しかったです。大きいお寺ではないので、ちょっとした地図には載っていませんので正確な場所がとてもわかりずらく・・・結局は古くからの集落の細い道の奥にありました。「このまま民家の庭に行き着いてしまうのかな」という感じの道です(笑)

ともかく到着しましたが、無住のお寺です。敷地は広場?公園になっていますので、駐車場には困らないはずです。

甲斐国社記寺記などによると、敷地の周囲には土塁跡が・・・とのことなんですが、少し見ただけでは素人にはわかりませんでした。社記寺記自体が古いものなので、仕方ない?ですかね。また、こちらのお寺には向山出雲守の位牌が安置されているのだとか。法名「清源寺殿照山一月庵主」。

向山出雲守はこの地の土豪であったらしく、武田勝頼が高遠城主になった際の、勝頼付士大将八人衆の一人に任命されています。その士大将、他には秋山紀伊守・跡部昌忠・安部宗貞(勝宝)・小田切孫右衛門尉・小原下総守・小原丹後守・竹内与五左衛門となっています。

その後、織田・徳川軍侵攻の際、出雲守は仁科盛信が守る信濃高遠城に入り討死したと伝えられています。しかし、子孫は生き延び、徳川家に仕えたということです。

 <2007/9/6>