甲斐武田を探検っ!!

 

猿橋

 

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大月市にある日本三奇橋として有名な猿橋(さるはし)、歌川広重も描いています。桂川にかかるこの橋は橋脚がありません。ここが奇橋と呼ばれる由縁なのですが、つまりは左右の岸からバランスよく支えあっている橋。その橋から水際まで31m、高いです!昔だと橋脚は厳しいのでしょうね、キット。

伝承によると猿がお互いの体を支えあって谷を渡る様からこの方法が使用されるようになったのだとか。少なくとも宝暦六年(1756)から現在のような橋が架かっていたようです。

国道20号沿いに大きな看板などがあるのでわかりやすいはずです。しかし、駐車場はどうなのでしょうか?チョット少なめかも知れませんね。

 

  

秋の紅葉シーズンは綺麗なのでしょうね!ちなみにすぐ近くに国道20号が通っていますので助手席の方、国道の新猿橋から首を長くして覗くと見えますよ(笑)

  

さて、甲州街道ができたのは江戸時代になってからですが、それ以前にもこの道は特に室町時代以降、よく使われていたようです。大永四年(1524)武田信虎は北条氏と山内・扇谷上杉氏との争いに介入し猿橋に布陣、武田信玄好きの方は三国同盟でよくご存知な北条氏康の父、北条氏綱軍と戦っています。小競り合いも数回行われていたようです。

・・・名勝はいいですよね、心洗われました・・・

そういえば。ここは猿橋、鳥沢という地名(JR中央本線の駅名にもあります)と犬目という地名もあり。岩殿山には鬼が棲んでいて・・・。という桃太郎伝説もこの地にはあった気がします。

 <2008/9/13>