甲斐武田を探検っ!!

 

西昌院跡

 

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甲府の北口、武田神社へ向かう道を少し入ったところに西昌院はあります。地図などでは「六角地蔵尊」と表記されています。横におそらくどこかの会社の駐車場があるので・・・・前の道は広くはないので、路駐は避けたほうがよいです。

西昌院(さいしょういん・西昌院殿春蔭理芳大姉)は、武田信虎の側室です。通常は御西様(大井夫人は御北様ですよね)と呼ばれていたそうです。歴史書などでは「側室今井氏」でしょうか?逸見筋(現北杜市)今井氏(浦氏)の娘だとか。永正十六年(1519)頃に側室になりますが、その頃は今井信是が信虎に反抗しそして降服した時期と重なります。その信是の娘なのでしょうか?安直に考えすぎでしょうね、多分。

また別の説では信玄の姉、という説もあるそうです。謎めいた人物となってますね。

いずれにせよ、天正三年(1575)に死去します。そのときの当主勝頼が菩提寺として建てたのが、西昌院です。京都山科より地蔵6体を迎え、境内に六角地蔵堂を建てました。後に廃寺、さらに残された六角地蔵堂は火事で地蔵堂と地蔵3体を焼失して現在に至っています。

ちなみに西昌院は武田三代が甲府に建てた最後の寺院なんだとか。

そしてこのあたり、かつては横田町と呼ばれ横田氏(備中守高松、十郎兵衛康景、甚右衛門尹松)の屋敷があったんだそうです。

 <2007/1/11>

横田氏の屋敷跡という場所は甲府市飯田にも伝わっています。こちらにも特に遺構は残されてなく、当然?案内板や説明板も残されていません。

 <2007/6/28 追加>