甲斐武田を探検っ!!

 

頼重院 諏訪頼重供養塔

 

 史跡一覧へ

 人物一覧へ

 トップへはこちら→

nn005

長野県茅野市にある頼重院。名前から想像ついてしまう、諏訪領主諏訪頼重関係のお寺です。

天文十一年(1542)武田信玄に敗れ、降服。弟の諏訪大社大祝、諏訪頼高とともに甲府の東光寺に幽閉された後切腹させられた話は有名ですよね。その東光寺に頼重のお墓はあるのですが、誰かが密かに彼の遺髪を持ち出しこちらのお寺に埋葬したんだそうです。当時は武田の領地であったので供養は密かに行なわれたという伝承が残っています。

昭和のはじめ、頼重の供養塔が倒壊してしまいましたが、その中から立派な宝篋印塔(ほうきょういんとう)が見つかり、伝承が本当だったと立証されたんだとか。供養塔の中は空洞だったということで、宝篋印塔を隠すためのダミーだったということですね!!現在、宝篋印塔は本堂に祀られているそうです。

供養塔の高さは95僂曚鼻F汎辰侶舛鬚靴討泙后

同じ境内には武田好きにはおなじみ、作家新田次郎の石碑が建っています。

頼重院ですが、駐車場完備されてますので安心してお出かけ下さい。また、この周辺は諏訪氏絡みの史跡多いですよ!

 

 

諏訪頼重供養塔

諏訪頼重の娘は信玄の側室になり武田勝頼を生みます。その勝頼の「頼」は諏訪氏が代々使っている漢字。「武田」になりきれなかった勝頼。天正十年織田徳川軍の侵攻時、信濃の高遠城は徹底抗戦しますが、この中には諏訪の人間が数多く含まれていたんだそうです。

 <2007/4/9>