甲斐武田を探検っ!!

 

大島の古戦場

 

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大永元年(1521)2月、駿河福島(くしま)氏に率いられた今川軍が河内地方(大まかにいうと身延周辺)を占領。武田信虎は8月28日総攻撃をかけ、今川軍の富士氏を打ち破ります。さらに9月に入ると信虎は再び河内に出兵し、大島の地で今川軍と合戦を行います。が、敗北。勢いに乗った今川軍は甲府盆地の河内地方からの入口に位置する富田城を落城させ甲府に進撃。その際懐妊していた信虎夫人(大井氏)は躑躅ヶ崎から積翠寺に避難。武田氏に危機が迫りますが、10月甲府を流れる荒川の飯田河原での合戦で地の利・軍略などで見事武田軍は勝利。さらには大井夫人は嫡男(信玄ですね!)を出産します・・・

ところで、日蓮聖人を身延に迎えたとして有名な波木井(はきい)氏。当時の当主義実は今川氏に通じます。それに怒った信虎は大永七年(1527)波木井氏を攻め滅ぼしたと伝わっています。

 

激動の時期、といったところでしょうか。今川氏との抗争のなか合戦の行なわれた大島の地です。今の地名でいうと南巨摩郡身延町大島になります。

 

古戦場には現在、その戦で死んだ兵を供養するため建てられたと伝わる五輪塔が畑のなかにポツンとあります。左のモノでよいと思うのですが・・・間違っていましたらごめんなさいです・・・。

同じ畑のなかにはもう一つ、石塔が建っています(右)。こちらはまったく不明です。

こちらの畑、周囲にはグルリと網が張ってあり、なかに入れないようになっています。周辺の畑はそのようになっていないので、結構異様な雰囲気です。が、どうなんでしょうか、以前勝手に畑のなかに入られてしまってイヤな思いをしたとか・・・それとも、この五輪塔は身延町の文化財に指定されているのでその保護のため?ちょっと詳しくは不明ですが、こちらの場所以外でも、見学などする場合、最低限のマナーは守りましょうね!!

あ、こちらの場所、わかりづらいです。駐車場もないので、どこか適当に?停め、歩いて見学がお勧め。自分は富士川沿い駐車。のんびり散歩してこちらの場所に行き着いています。

ちょこっと身延町立図書館にも寄り道してみたのですが、いいです!その地域の歴史・伝説などの書籍がたっぷり!ゼヒ各市町村の図書館などもチェックしてみてくださいね!

 <2007/10/14>