甲斐武田を探検っ!!

 

小佐手氏菩提寺他

 

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山梨といえば葡萄、葡萄といえば勝沼、勝沼といえば葡萄の丘ですね!?小高い丘のうえにある観光施設。有料ですが、ワインの試飲ができるので、大人で車を運転しない方、楽しめるはずです。私も楽しく試飲し泥酔。館内通路の隅で爆睡したことあります、つい3年前ほど(笑)いたく反省しています、みなさんマナーは守りましょう(爆)

そのぶどうの丘のすぐ下、甲州市勝沼町小佐手地区に東林院というお寺があります。東林院は、文安六年(1449)に設立された歴史のあるお寺です。小佐手信俊という人物が開基なんだそうですが、武田信守(信虎の曽祖父)の弟で小佐手の地に住み小佐手氏の祖となった永信と同一人物では?といわれています。

 

小佐手氏は系図的には、永信-信行-信広-信房-・・・と続きます。また小佐手氏(永信?)は武田信虎と戦い滅ぼされたそうですが、子らは武田家に仕え、信広は永禄十二年(1569)駿河薩?山(さったさん)にて討死。信房の子信家・信次は武田氏滅亡後徳川に仕え旗本となります。また、江戸時代に作成された「武田信玄旗本備えの図」には「小佐手九郎次郎殿」が登場しています。この図には「勝沼五郎殿」つまり信元(1560信玄により成敗)がともに記されているので年代的には信広?と思いますが、もちろん他の一族の可能性があり、勉強不足でもあり不明です。

 

東林院開基墓碑

おそらく永信であろうと・・・。墓碑に記された法名は「東林院殿釖鋒浄俊大居士」、隣には夫人でしょうか?「祐月院殿」という法名もあります。

 

東林院と同じ小佐手地区内にある林照寺は、小佐手氏の祈願所でした。

ちなみに東林院には永信は宝徳元年(1449)に死去したと伝わっています。となると、永信の後継信行は結構長命であったということになりますね。ちょっとこのあたりも不明です。

同じ地区内にある保育園の北側は小佐手氏の館であったと伝わる場所です。実際に保育園の北側を掘って調査したところ、館の南側であろう溝が発見されています。

お寺には特に説明板などはありません、こちらにのみ小佐手氏についての説明板が建っています。

・・・どうもこのあたりは、小佐手氏・栗原氏勝沼氏と信虎・信玄に攻められたり滅ぼされたりしている家が多いですね。

 <東林院・林照寺・屋敷跡 2007/10/29>