甲斐武田を探検っ!!

       山梨岡神社

 

  史跡一覧

  人物一覧

  トップへ→

ff004


史跡・関係地名: 山梨岡神社

住所:山梨県笛吹市春日居町鎮目

場所のわかりやすさ:〇

駐車場:△(ありますが数台)

説明板:〇

売店:×

関係人物:武田信玄・甲斐武田氏

   


<「山梨」はここから?>山梨岡神社は延喜式(えんぎしき)神名帳に載る古くからの神社。もとは御室山に創祀(そうし)されましたが、その後麓の梨樹を伐り拓きこの地に遷され「甲斐ヶ根・山梨岡神社」と号し、甲斐武田氏そして徳川氏からも保護された神社です。
  そのようなことから、こちらの神社が現山梨県に通じる「やまなし」の語源であるといわれています。なお、このあたりは山梨郡と呼ばれ、その中心とする「郡石(こおりいし)」が境内に残されています。さらに本殿は室町時代末期の建築様式であり、国指定重要文化財となっています

  祭日は4月4・5日で、当日には県指定無形文化財である「太々神楽」が奉納されています。


 


 

 


<太々神楽・笈形焼>社伝によると、別名を「武田信玄出陣の神楽」とも呼ばれているようです。戦勝を祈願し舞われたのだとか。24種の舞があり、古事記神話を表現した出雲神楽の系統に属するとされています。
  また、例大祭の時期、御室山で笈形(おいがた)焼が行われます。昔、山梨岡神社近くの長谷寺と、甲州市勝沼にある大善寺の修験者が問答をしたとき、それが原因で争いになったそうです。その際、山梨岡神社の鳥居は持ち去られて焼かれてしまい、大善寺では笈(修験者が背負う箱)が焼かれたのだとか。それから笈形焼が始まったといわれています。
  笈形焼は平安時代から明治時代まで続いていたと伝わります。一時期途絶えてしまいますが、昭和時代後期に「電気」で復活しました。江戸時代には峡東地方(甲府盆地東部)の笈形・鳥居・錫杖・大文字の四大火祭りとされ、多くの人を楽しませていたようです。

  なお山梨岡神社には現在も鳥居はありません。

 

周辺の甲斐武田氏関係地: 芍薬塚 旧芍薬塚 など

参考文献:甲斐国志・甲斐国社記寺記など

<2007/4/14・2009/4/6追加・2016/1/25修正>