甲斐武田を探検っ!!

 

大井ケ森口留番所跡

 

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享禄四年(1531)、武田信虎は信濃国諏訪地方攻略の要衝となる大井ケ森に番所を設置します。それがここ、大井ケ森口留番所跡。江戸時代になると宝永元年(1704)柳沢吉保が甲府領主になった際、大井ケ森関所と改め幕末まで存続していたのだとか。

享禄四年といえば、一月ころから飯富氏・栗原氏・大井氏・今井氏が信虎に叛旗を翻した年。今井氏の要請で更に信濃の諏訪氏が介入してきますが、四月信虎と韮崎にて合戦、国人衆と諏訪氏の連合軍は敗北。この戦いを契機に甲斐の統一が進みます。

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建物などは残されていませんが、大井森地区公民館の敷地内角に説明板と石碑が建っています。自動車で行ったので、公民館の敷地にちょこっと駐車しました。

 

なお、番所跡の前を東西に走る道。中ノ棒道と言われています。諏訪地方攻略のため、武田勢は一気にこの番所前を駆け抜けていったのでしょうか?

 <2008/11/21>