甲斐武田を探検っ!!

       古城山烽火台

 

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史跡・関係地名:古城山烽火台

住所:山梨県西八代郡市川三郷町市川大門

場所のわかりやすさ:△

駐車場:×(市川碑林公園か四尾連湖畔?)

説明板:×

売店:×

地図:

 

関係人物:跡部蔵人など

<跡部蔵人が護った烽火台>山梨百名山の一つ、蛾ヶ岳(ひるがたけ)。蛾ヶ岳に登るのは四尾連湖(しびれこ)からがよく知られているようですが、この烽火台には市川碑林公園から始まる蛾ヶ岳登山道を使用しました。おおよそ1時間程度でしょうか、烽火台に到着します。なお、この烽火台に行き着く途中には古城山砦もあります。

 

市川大門側から登ると左上写真のような鞍部と案内板が目印になります。右上写真のように鞍部左手に結構急な階段が設けられており・・・。

 

登りきると烽火台に到着。甲府盆地南部がしっかりと確認できます。間道の監視も兼ねていたのでしょうか。辺りは綺麗に整備されており東屋などが設けられていますので、かなり大規模に整地されているのでしょうね。甲斐国志によるとこの烽火台を護ったのは跡部蔵人という人物。詳しくはわかりませんが、彼は市川大門の宝聚寺に葬られたと伝わっています。武田家滅亡後、天正壬午の乱の時には徳川の大須賀勢が守備したと言われています。。

 

烽火台を通過するか、もしくは巻き道を通り蛾ヶ岳に向かい歩き出すと、すぐに土橋かと思わざるをえないような、細尾根があります。想像をかき立たせてくれます。

 

冬季の山梨県甲府盆地付近はあまり積雪はないのですが、山間部は降っていたり、積もって全く溶けなかったり・・・。以前言ったときは半端じゃないくらい積もっていました(右上)。今回は山登りとなりますので、冬季以外でも天候にはご注意ください。

<もう一つの烽火台>

 

市川大門から登った鞍部の左側が烽火台・・・と先ほど案内しましたが、「図解山城探訪」によると、鞍部右側の「カライシ山」と呼ばれている場所も(カライシ山の方が)より烽火台に適していると記されています。

 

 写真がわかりづらいのですが、山頂部には平地があり、その周囲は一段低くなり曲輪状になっています。こちらにも何らかの施設があったと考える方が普通なようです。

周辺の甲斐武田氏関係地:古城山砦・蛾ヶ岳・四尾連峠など

参考文献:甲斐国志・図解山城探訪第十七集/宮坂武男・アタック山梨百名山/山梨日日新聞社など

<2013/3/31>