甲斐武田を探検っ!!

 

能成寺

 

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kfm021

武田信玄が制定した甲府五山(長禅寺円光院東光寺法泉寺・能成寺)のひとつ、能成寺(のうじょうじ)です。ちなみに五山はすべて臨済宗です。

場所というか行き方ですが、一番わかりやすいのは善光寺から東光寺に向かう道をずっと道なりに行く。そうすると右手に左の写真の場所が見えてきます。旧甲州街道からももちろんわかりやすいとは思いますが、いつも「甲州街道のどこ曲るんだっけ?」と悩んでいますんで(笑)

当初は笛吹市八代町にあったそうですが信玄の命により、現甲府市穴切・宝)に移転、さらに文禄年間(1590年頃)甲府城築城をうけ、現地に移ったんだとか。

写真に撮るのをすっかり忘れてしまっていますが、ちょっと高い場所にお寺が建っています。その下には石垣があったりするんですが、移転当時(文禄年間頃)のものがあるそうです。

こちらのお寺には、赤穂浅野家家老、大野九郎兵衛の墓があります。赤穂浪士、まったく詳しくないのでまるでわからないのですが、イロイロ意見が対立し、あだ討ちには加わらなかったそうです・・・・

開基は武田信守、武田信虎の曽祖父になります(信守−信昌−信縄−信虎−信玄)。伝大野九郎兵衛墓・武田信守供養塔は本堂横の墓地、奥の方に入っていくと案内板がありますので、それに従うとわかりやすいと思います。

 

武田刑部大輔信守供養塔

甲斐国内の抗争の中で自害した父信重の後を継ぎますが、守護代跡部氏の圧力のなかで死去します。法名「能成寺殿勇山建公大居士」

 <2007/2/10>