甲斐武田を探検っ!!

 

武田信虎誕生屋敷

 

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武田信虎は信玄の父で、何かと暴君のイメージがつきまとっていますが、それまで荒れていた甲斐を再統一したという功績は忘れちゃいけません!彼の母親は、岩下越前守の娘(妹とも)「桂岩妙昌大姉」だそうです。懐妊し、里帰りして母親の実家で信虎は誕生したと言われています。ここは「武田信虎誕生屋敷」ですが、本当は岩下越前守館跡ですね。岩下越前守については、まだまだ勉強不足でして、ここで述べることができません。またの機会に説明できたら・・・・でお許しを。

生母は「桂岩妙昌大姉」ですが、信虎の父信縄の正室は「崇昌院殿華岳妙英大姉」だそうです。よって、信虎の出生地は川田館と、こちらの岩下越前守館の2説あるそうで、信虎は信縄の側室「桂岩妙昌大姉」の子と言われているそうです。←と書いたんですが、「甲斐国社記・寺記」の広厳院の項や「武田信虎のすべて」を見ると、信虎の生母(甲斐国社記・寺記では母)「崇昌院殿」。うむぅ・・・じゃ「桂岩妙昌大姉」はどこ行った?しかも崇昌院殿は信縄の正妻。うむむぅ・・・新しい書籍である「武田信虎のすべて」にそう記されているということは、信縄正妻=信虎生母=崇昌院殿ということなんでしょうね。

 

 

屋敷跡ですが、目に見える遺構は特にないんですよ・・・・。ただ、すっかりキレイに農地に転用され整備されていますが、屋敷跡周辺には水路があり、他より2mほど高くなっています。左がその写真です。その下の写真は屋敷跡と思われる場所の写真です。さすが桃の産地笛吹、すっかり桃畑です。ただ一回、少しだけ掘り返したことがあるそうで、そのときは柱の跡が確認されたそうです。で、まだ調査がちゃんとされていないみたいなんですが、結構広い敷地だったらしく、その敷地内もしくは近くからは「甲州金」が出てきたとか言われてます。うーーん、庶民にはかなり夢のある話(笑)

 

こちらへの行き方ですけど・・・。国道140号から少し入ります。ただ、駐車場がないんですよね・・・・路駐でいいやぁなんて言って、館跡の水路に落ちても困りますよね・・・・説明版が建ってます。普通の畑として通り過ぎちゃいがちなんですが、頑張れっ!!

<2006/9/29>