甲斐武田を探検っ!!

 

南松院

 

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身延町下山にある南松院のご紹介です。

国道52号から入っていくのですが、チョットわかりづらいですかね?看板があるんですが、ちょっと奥まってあるので、見落とす可能性大。本国寺を目印に注意して行けば少しはわかりやすいかもしれません。

南松院は勝頼の代での武田親類衆筆頭、穴山信君(梅雪)の生母で穴山信友夫人である「南松院殿」が開祖であり、墓所もお寺の北にあるそうです。墓所はまた次回で・・・(すみません、見るのわすれました)。

彼女は信虎の次女として生まれ(信玄姉)、穴山氏に嫁ぎます。その夫の信友は永禄三年(1560)亡くなり、南松院殿は永禄九年(1566)亡くなります。そのとき、彼女を開祖として創建されたのがこのお寺なんだとか。法名「南松院殿葵庵理誠大姉」。

境内の池には南松院殿が輿入れする際、父信虎に請うて譲り受けた「亀石」があります(左下の写真)。なんでも、武田家伝来の霊亀石なんだそうです。

ちなみに武田信虎の長女は今川義元に、三女は諏訪頼重(いわゆる禰々ですね)に嫁いでいます。

 <2007/5/2>