甲斐武田を探検っ!!

       船津館

 

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史跡・関係地名:船津館(小林尾張守館跡・殿屋敷・御屋敷神社・お屋敷の松)・小林尾張守石塔

住所:山梨県南都留郡富士河口湖町船津

場所のわかりやすさ:○

駐車場:○(町営駐車場などに)

説明板:○

売店:△

地図:

関係人物:小林尾張守入道正喜・小林尾張守貞親など

<観光地の中の屋敷跡>全国的に有名な観光地である富士山麓の河口湖。その南側湖畔にある小林尾張守の屋敷跡、今回は平日に行ったので混雑していませんでしたが、休日もしくは催し物がある時に行くと混雑しているはずです。ご注意ください。

 

小林尾張守館跡は甲斐国志古跡部に記載があり、それを基にして図解山城探訪にも紹介されています。甲斐国志によると湖畔の少し高くなった場所が館であったようです。高台下には道路標識がありましたので、高さを比べてみて下さい。

 

現在屋敷跡には小林尾張守の屋敷神であった神社が祀られており、神社入口付近には「お屋敷の松」の看板があります。こちらの神社は御屋敷神社といい天照大神が祀られています。なお、屋敷跡は甲斐国志が編纂された頃にはすでに畑となっていたようで、現在はホテル敷地となっています。

 

屋敷跡からは、天上山烽火台が見えました(右写真の右側の山)。

  

<小林尾張守一族>現地説明板によると、永享十二年(1440)小林尾張守入道正喜がこの地に居を構え、永禄元年(1558)小林尾張守貞親は社殿を造営したといいます。同じ年貞親は出家し「了光」と改名したのだとか。現在境内に残る石塔には「明庵了光居士」と刻まれ、すぐ隣りには「絶三恵寂大姉」と刻まれています、夫人でしょうか?

さて小林尾張守の家系は郡内小山田氏被官ですが、同じく小山田被官で小林和泉守という系統も見られます。まだまだ系図的にハッキリせず、尾張守と和泉守の因果関係はこれから・・・です。尾張守は上記の入道正喜・貞親・家親(小山田弥三郎二百騎のうち覚えの衆)等が見えており船津の在地土豪であり、この地を含む大原郷に大きな勢力を持っていたと考えられています。

周辺の甲斐武田氏関係地:妙法寺冨士御室浅間神社など

参考文献:甲斐国志・図解山城探訪第17集/宮坂武男・甲斐小山田氏/丸島和洋など

<2012/7/4>