甲斐武田を探検っ!!

       福士の城山

 

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mk018

史跡・関係地名:福士の城山

住所:山梨県南巨摩郡南部町福士

場所のわかりやすさ:△

駐車場:△

説明板:×

売店:×

地図:

関係人物:武田氏・穴山氏・佐野氏など

 

<国境・そして最恩寺を見守る・・・>穴山信君(梅雪)の嫡子勝千代墓所のすぐ裏手の小さな山が「福士の城山」。最恩寺東の空地(保育園か幼稚園の跡地でしょうか?)に車を駐車させていただきました。最恩寺向かって左手の民家の横に山にのびるあぜ道?があり、そのまま城山を横切っているので、そこから登城。途中石像がある場所で古道から分かれて右へ。山登りが不慣れなワタクシでも15分もあれば頂上の神社に到着できました。特に難しい場所もなかったのですが、「山」なので滑らない靴・汚れてもよい格好はしていきましょう。

明治時代に建てられた金毘羅宮が鎮座する場所が主郭ですが、烽火台と言われているだけあり広くはありません。しかし、駿河(現静岡県)が近いことから、烽火台というより国境警備の為の監視台の色合いが強かったのでは?と言われています。どうやら古道の南側にも遺構が残る模様。駿河とつながる古道を両サイドから監視していたのでしょうか?築城年代・築城者などは不明。しかし関連性は不明ですが、信玄〜勝頼期に南部地域の統括者として穴山衆である佐野宗威軒という人物がいます。この城跡にも関係しているのかも知れません。

 

 

<国志もわからず>原大隅守が警護したと甲斐国志などに記される「福士の城山」はこちらではなく「真篠城」と言われる場所。「詳細はわからず」と記されています。しかしながら調査などでわかったことは、真篠城はしっかりした?城であったらしく、国境警備にあたった城であるといわれています。福士の城山からは富士川沿いの北方、いわゆる甲斐国中心部側に位置していますので、「福士の城山」は国境警備最前線であった。という感じなのでしょうか。

周辺の甲斐武田氏関係地:最恩寺万沢口留番所・真篠城跡など

参考文献:甲斐国志・山梨県史・穴山武田氏/平山優など

<2011/2/14>