甲斐武田を探検っ!!

 

大聖寺

 

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長治二年(1105)、平安時代に新羅三郎義光により創建されたと伝わる真言宗醍醐派三守皇山大聖寺。本尊は義光の曾孫加賀美遠光の宮中守護の功績に対し承安元年(1171)天皇より下賜された木造不動明王坐像。国指定重要文化財に指定され、空海作と伝わっています。自領に帰る途中の遠光がこの付近を通った際、「大聖寺に我を安置せよ」という不動明王のお告げがあったので、ここに安置されたのだとか。その後皇室の繁栄を願う祈願寺などで重用されます。

 

 

左上の写真が本堂です。かつてはかなり巨大な建造物が建ち並んでいたと伝わりますが、2度の火災で焼失。年を経ながら少しずつ再建したようです。

また武田信玄からも保護を受け、朱印状や寺領安堵状など多く残されます。川中島合戦の際、夢に現れた不動明王のお告げにより勝利できたことを感謝し寺領を寄進したという言い伝えもあります。武田家滅亡後は徳川家の保護を受けました。

 

境内には武田信玄御手植えの紅梅がありました。事実かどうかはわからないのですが、やはり山梨県内は「武田」とはしっかり結びつきます。また、さらに本殿横には三社天神宮があります。元は新羅義光墓所であったのですが、墓碑が壊れ、文化三年(1806)それを機に基礎をそのまま流用し、祠を建てたのだとか。ここには左から武田信玄(青龍大権現)・加賀美遠光(加賀美大明神)・新羅義光(天満天神宮)があわせて祀られています。

本堂内だと思いますが(未確認なので・・・)木造の武田信玄像・加賀美遠光像・新羅義光像も残されています。この信玄像は甲府駅前の信玄像のモデルになったとも言われます。

源氏・甲斐源氏・武田家・徳川家と非常にかかわりの深い古刹。駐車場は問題ないと思います。また、お寺のすぐ左には民俗資料館があります。恐らく事前に申し込まないと見せてくれない感じの場所でしたか、ゼヒこちらもどうぞ!

 <2009/5/25>