甲斐武田を探検っ!!

 

三ツ俣

 

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躑躅ヶ崎館以前の武田氏の館といえば、川田館ですよね!その川田館跡は甲州街道(旧国道20号)の川田の信号を北に行き、突き当たった場所です。その館跡をぐるりと周りこんだ北側に「三ツ俣」はあります。

「三ツ俣」ですが、すぐ近くを流れる平等川から取った水を近隣の川田・和戸・桜井地区に配分する施設です。施設というか、三つに水路が別れているだけですけど。かつては上万力の差出あたりの笛吹川から取水していたのだとか。

下の左側の写真、ちょうど「三ツ俣」付近です。正面に見えているのは川田方面の水路、向かって左にうっすらと花が見えますが、そこは和戸方面に向かう水路です。

 

上の右の写真は三ツ俣から川田館を撮ったものです。写真左手に川田方面の水路が北から南(写真だと手前から左奥)へ、そして写真右手には和戸方面へむかう水路が東から西(写真だと手前から右奥)へ向かっています。館跡の二辺を水路が流れており、堀の役目を果たしていました。また、信虎など、武田氏がこのあたりの「水」をおさえていたことになり、周辺地域の強固な支配ができたのでは、と考えられています。

 

このあたりの北に見える山は大蔵経寺山。ここには川田館の詰め城があった・・・とか、狼煙台があったなどという伝承があります。跡自体はまだ見つかっていないのですが、周囲の狼煙台の状況などを踏まえると狼煙台はあって当たり前、くらいの考えでいてよいようです。右の写真は西側からの写真。なんかありそうな・・・(笑)

ここの場所の駐車場ですが、ありません。道が細いので、どこか近隣の施設に車を停めて、徒歩で行ったほうがよいと思います。自分は当然徒歩でした。ちなみに説明板がしっかり建っています。地区の青少年育成会が建ててくれたようです!

 <2008/6/4>