甲斐武田を探検っ!!

 

御坂路(鎌倉街道)

 

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 まとまった夕立が降りだし、挙句に山なので雷がものすごい近くで鳴り響くなか行ってみました!

御坂路は別名「鎌倉街道」って言うくらいですから当然鎌倉方面に行く道として使われてました。鎌倉時代から江戸時代まで、かなり人の行き来があったそうです。

ところで、「鎌倉街道」は江戸時代に入ってからの名称で、通常「御坂路」さらには「甲斐路」と呼ばれてたようです。御坂路が使用される以前は若彦路(甲府酒折宮→石和東高橋→八代→芦川→河口湖→籠坂・・・)が主に使用され、江戸時代くらいですと、中道往還や甲州街道が利用されていたようです。御坂路はどの辺通っていたかというと、春日居国府(こう)→石和→御坂国衙(こくが)→御坂上黒駒→御坂峠→河口湖→籠坂峠→駿河みたいな感じだったらしいです。国府→国衙間はちょっと微妙なんですけどど。当然、この道使って、武田勢はゾロゾロ御坂越えたんでしょう!!写真の場所から、もっと登ってくと、石仏やら道標やらイロイロ見えて楽しいらしいんですが、雷雨がシャレになってませんでした。撤収です!!

・・・・けど御坂越えるとそこには富士山が!特に冬は空気も澄んでいてきれいです。旧御坂峠が景色いいみたいですネ。もっといっぱい見所ありますんで、コウ御期待!

全国歴史の道100選。

 

 

 御坂町内に残る石畳

<2006/8/11>

 

国道137号御坂トンネルの手前に急カーブがあるのですが、そこを曲がっていかずに左にそれると旧御坂峠になります。その旧御坂の頂上付近にもトンネルがあります。そこの手前にもそれる道があり、それた道が御坂路だそうです。車は無理らしいですが。とりあえず、ちょっと狭いトンネルを抜けると絶景が広がるはずです(天気がよければ/笑)!左手には太宰治ゆかりの「天下茶屋」、右手には河口湖さらには富士山が拝めるはず。今回イマイチの天候で富士山は見えず・・・・

左の写真は旧御坂路。天下茶屋の近くを撮りました。これを登っていくと山頂付近に行けるそうです。

峠越えるのもかなりの九十九折、河口湖方面に下るのもカーブが続いていきます。運転には十分な注意が必要です。

山頂のあたりには、天正壬午(てんしょうじんご)の乱(武田家滅亡後、織田家が甲斐を統治しましたが、本能寺の変により甲斐の統治者河尻秀隆は武田旧臣らの手にかかり、討死。空白地の甲斐が徳川氏と北条氏の刈り取り場となったときです)の際、北条氏により造られた御坂城があるそうです。

この絶景、さらには秋口(自分が行ったのは10月下旬です)には紅葉と、とてもすばらしい景色を楽しませてくれる御坂路(旧御坂峠)です。

富士山の写真は、また、ということで・・・・

<2006/11/7 追加>

  

やっと富士山らしい富士山が撮れました。場所はもちろん御坂峠(旧道ではないんですけどね)。手前は富士河口湖町、山と山の間に少しだけ見えているのが河口湖です。前日風が吹きましたので、雲が飛ばされ綺麗な富士山になりました!

<2006/11/9 追加>