甲斐武田を探検っ!!

 

丸尾地蔵堂

 

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富士河口湖町、富士急ハイランドという結構有名な遊園地ありますが(知ってますよね/笑)、その道を挟んだ隣に丸尾地蔵堂はあります。地名は富士河口湖町船津ですが、ほぼ富士吉田市といってよい立地です。

近くまで行ってみるとお堂隣に説明板が建っています。それによると永禄二年(1559)、武田信玄が北条方との戦死者供養の為にこちらを建立したんだそうです。お堂自体は火災にあい焼失していますが、本尊は延焼を免れました。後に、地域の方々のご尽力により地蔵堂を再建して今日に至っているんだとか。

この北条方との戦いって、何の戦いなんでしょうね?天文二十三年(1554)、武田・北条・今川によるいわゆる三国同盟が成立していますので、それ以前の北条氏との戦いですと、信虎の代までさかのぼりますが、天文四年(1535)武田信虎と今川氏輝が甲斐河内地方で交戦中、今川氏を支援する北条氏綱が吉田に侵攻。それを迎え撃った信虎の弟、勝沼信友らが討死した戦い。また、天文六年(1537)北条方の須走氏・垪和氏が吉田に夜討ちをかけたことなどがあります。結局答えはわからないのですが・・・いずれにせよ、武田晴信が出家し、法性院信玄になった年に建立されたとされる地蔵堂です。

 

地蔵堂と富士急ハイランドの間に走っている道は古道御坂路です。このあたりですと、昔の面影はのこってなさそうですけど。

一見普通の観光スポットでもしっかり武田の歴史は残ってるんですよね。富士急に寄ったついでにフラっといかがです?(笑)

 <2007/3/9>