甲斐武田を探検っ!!

 

鞍懸

 

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天正十年(1582)三月、居城新府城に火をかけ、武田勝頼は笹子峠を越えようと試みます。しかし、その途中で家臣は多くが逃亡していきます。勝頼の側に仕え、武田家滅亡の要因をつくったといわれる長坂釣閑斎も、逃亡をはかります。しかし、土屋惣蔵に見つかり追われ、そのとき馬から落ちた鞍がこのあたりの桜の木にかかっていたのだ・・・という言い伝えが残されている場所です。

 

・・・説明板は悲しいことになっていました。折れて(折られて?)建てかけています。ですので正確な場所かどうかも疑問です。場所的にも国道20号沿いにはありますが、カーブ途中ということもあり、しっかり見ていないと通り過ぎてしまいます。駐車スペースも1台分はかろうじてあるような状態です。行く際にはお気をつけ下さい。

景徳院へと向かう道沿いに、ひっそりとたたずむ伝承の地でした。

 <2008/12/13>