甲斐武田を探検っ!!

 

松姫峠

 

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北都留郡小菅村と大月市を結ぶ国道139号線。ここに松姫峠と呼ばれる峠があります。

松姫とは武田信玄の五女で永禄四年(1561)生まれ。母は油川氏娘。妹(異母)には上杉景勝正室の菊姫がいます。永禄十年(1567)十一月、勝頼正室の信長養女遠山氏が信勝を出生後死去したため、松姫は武田家・織田家の同盟の証しとして、同年十二月に信長からの申し出により信長嫡子信忠と婚約。輿入れを待つばかりとなっていましたが、信玄の三河・美濃侵攻などで破談。

その後は実兄の仁科盛信のもとにいたようですが、天正十年の織田軍の高遠城攻めの際、新府城に避難。そして三月の武田家滅亡の際には勝頼一行とは別行動をとり武蔵八王子へと逃れています。このとき通った峠道というのが「松姫峠」と伝わっています。しかし、彼女の経路は海島寺向嶽寺以降、史料がほぼ残されていなく実際の経路はまったくわかっていません。松姫峠越えは説のひとつであり、その他御坂路を使用し、郡内小山田氏に警護されつつ八王子に逃れていったとの説もあります。

八王子に落ち着いた松姫(信松尼)、その後は徳川家康の下で絶大な力を持った武田旧臣大久保長安の力などを借り信松院という尼寺を建立、元和元年(1616)四月十六日に死去するまで、武田一族の供養をしています。そんな彼女のまわりには多くの武田旧臣が集まってきたのだそうです。

「松姫峠」、人々の言い伝えの中で生きている武田の姫でした。

あ、路線バスも走っています・・・しかし、峠道なのでかなりクネクネしたちょっと細めの道が続きます。石碑付近にはトイレ・駐車場があります。

 <2009/5/5>