甲斐武田を探検っ!!

       有馬晴信蟄居の跡

 

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ks041

史跡・関係地名:有馬晴信蟄居の跡

住所:山梨県甲州市大和町初鹿野

場所のわかりやすさ:×

駐車場:×

説明板:○

売店:×

地図:

 

関係人物:有馬晴信・武田信玄など

 

<信玄をこよなく愛した・・・>有馬晴信といって真っ先に思い浮かべるのは肥前国島原日野江(原)城主の「キリシタン大名」。武田関係以外にはかなり疎い自分でも、この知識はありました。調べてみると・・・永禄十年(1567)に生まれ、天正八年(1580)洗礼を受けキリスト教徒となりました。天正十年(1582)には大友宗麟・大村正純らとともに遣欧使節団を送ったことは有名(自分が知ってるので/笑)です。その後豊臣秀吉の禁教や、関ヶ原の戦いでもしぶとく?生き残りまがしかし、徳川家康に贈賄の罪に問われ領地没収、そしてこの地に蟄居、死罪となりました。死罪になったのは慶長十七年(1612)のことでしたが、彼はキリスト教徒であったため、自害を選ばず家臣に首を討たせたと言われています。

さて、史跡の場所ですが、国道20号線、いわゆる甲州街道沿いです。笹子トンネルと武田勝頼などの墓所のある景徳院に行く信号の中間?くらいに「有馬晴信蟄居の跡」があります。国道沿いには「有馬晴信・・・」というような看板はありませんのでご注意ください。史跡はすぐ道路わきにあるのですが、道路より低い場所にあり見つけにくくなってしまっています。また、車で行こうとなるとちょっと道も細いかと。自分の場合は、この街道の対面に空地らしきものがありましたので、そこに停めて歩いていきました。歩いて細い道を少し進むと「有馬晴信蟄居跡」の看板が見えますので、それに従い左折。突き当たりを左に行くとあります。

有馬晴信霊名 ドン・ヨハネ 仏霊名 晴信院殿迷誉宗天大膳定門

有馬晴信の墓所は恵林寺にあります。彼は武田信玄を崇拝していたとも伝えられています。

周辺の甲斐武田氏関係地:景徳院など

参考文献など:甲斐国志など

<2008/7/15 2011/11/26リニューアル>