甲斐武田を探検っ!!

       田辺氏屋敷

 

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ks039

史跡・関係地名:田辺氏屋敷

住所:山梨県甲州市塩山下於曽

場所のわかりやすさ:○

駐車場:×

説明板:×

売店:×

地図:

 

関係人物:田辺佐左衛門・田辺四郎左衛門尉・田辺四郎兵衛尉・黒川金山衆など

 

<黒川金山衆親方>甲斐には金山が多くあったというのは有名な話。黒川金山はその中でも様々な伝承・言い伝えが残り、また現地調査も行われており、比較的知られた金山ではないでしょうか。

塩山駅西信号を南に下り、於曽屋敷を通り過ぎると左手に見える大きなお屋敷。塩山市史によると、ここは中世の黒川金山衆の田辺氏屋敷跡。約一町四方の敷地で、県道に面した敷地の西側には土塁跡が残るといいますが、私有地のため、遠慮させていただきました。巨木が茂り、石垣(もちろん近年のもの)が長く続くので明らかに周囲とは違って見えるはずです。敷地南側にも土塁跡が・・・とも記されていますが、よくわかりませんでした。

田辺氏というと名が知れているのは田辺佐左衛門。彼ははじめ武田勝頼に仕えた黒川金山衆の親方。甲斐武田氏滅亡後の天正十一年四月二十一日付印判状に黒川金山衆親方の一人として登場し、小方として「中村弾左衛門尉・依田平左衛門尉・大野将監・風間庄左衛門尉・田辺清九郎・古屋次郎右衛門尉・田辺四郎左衛門尉・依田宮内左衛門尉」が記されています。

田辺氏は永禄年間に紀伊熊野から甲斐に来て、黒川金山に関わったと甲斐国志は伝えています。四郎左衛門尉が当時の田辺氏当主、後継は四郎兵衛尉、さらに佐左衛門と続いています。

<黒川金山衆の密集居住地>田辺氏屋敷のすぐ南方は同じく黒川金山衆の依田宮内左衛門屋敷と伝わっています。上の写真でいうと左手は田辺氏屋敷、右手は依田宮内左衛門屋敷。このようなかたちで、この地域は中世屋敷跡が密集しています。しかも県道を走らせてみても、素人目にも明らかに屋敷跡と思われる場所が多くあります。恵林寺のついでにふらっと通りすぎて見るだけでも楽しいと思います。

周辺の甲斐武田氏関係地:風間氏屋敷於曽公園熊野神社など

参考文献など:塩山市史史料編・甲斐国志・甲陽軍艦・武田軍団を支えた甲州金湯之奥金山/谷口一夫など

<2011/8/21>