甲斐武田を探検っ!!

 

武田勝頼公腰掛石

 

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ks031

 

天正十年(1582)三月三日早朝、武田勝頼は前年十二月二十四日に引っ越したばかりのまだ未完の城、韮崎新府城に火をかけ郡内小山田氏を頼ろうと、甲府盆地北部を横切り笹子峠を越えようと考えます。

同日夕方には勝沼大善寺に到着。理慶尼と話をしたと言われています。

四日には、大善寺を出発し駒飼宿に到着。勝頼はこの見通しのよい場所で、笹子側・甲府盆地側の動静をうかがいつつ、小山田信茂の迎えを待ったのだと伝わります。その際、腰掛けた石が「武田勝頼公腰掛石」。

いつまでたっても来ぬ朗報を待つ勝頼・・・。どのような気持ちでこの石に座っていたのでしょうか?

 

場所ですが、完全に民家の庭です。どういう了見でこういう状況になってしまったのでしょうか?もったいないというかなんというか・・・。当然駐車場はありません。駐車場ありますが、そこはその場所にお住まいの方々のモノですからくれぐれもご注意ください。

ちなみに「大蔵原思案石」は郡内小山田に裏切られ、甲斐の土豪にも追い詰められた勝頼一行が最後の「思案」をした場所。チョット個人的にわかりづらかったもので・・・

 <2010/1/31>