甲斐武田を探検っ!!

 

葛谷城跡

 

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 mk009

こちらの場所は「きち様」からのご紹介により行ってまいりました。きち様、ありがとうございました!!

山梨・静岡県境の山城「葛谷城」。目の前は静岡県です、いや正確にいうと現在の山梨・静岡県境にまたがっているそうです。

葛谷城は、永正十二年(1515)頃今川氏により築城されます。そして永禄十年(1567)以降武田氏により、更に規模を拡大されています。以前より戦国期の狼煙台の存在は知られていましたが、平成に入り発掘調査が行われ、一の曲輪・二の曲輪そして空掘跡などが見つかり、かなりの大規模な山城であったことが明らかとなりました。狼煙台としてはもちろん、国境警備にも大いに使用されていたようですね。残念なことに、現在は峠の開発などが行われて完全に葛谷城の姿は失われてしまっています。

 

  

真新しい峠道の脇には武田信玄の供養塔と題目碑があります。題目碑は文政十二年(1829)近隣の十島村民により峠道に建てられ、信玄供養塔は慶応年間(1865-1868)に一の曲輪跡に建てられていたものです。なぜ供養塔が建てられたかはわかりませんでしたが。

これらは葛谷城跡周辺の開発が完了した際、この地にまとめて置かれるようになりました。その際に、細かい経緯が記された石碑も供養塔、題目碑の間に建てられています。

供養塔のある場所ですが、特に難しいことはなく山梨県側からですと道なりにすすみ、県境の案内板の少し手前右の敷地内にあります。駐車場はないのですが、妙に広い歩道があるので・・・

 

武田信玄供養塔

正面には「法性院大僧正大居士 機山信玄」とあります。見た目にもちょっと新しい感じの武田信玄供養塔です。

 <2008/9/15>