甲斐武田を探検っ!!

 

向嶽寺

 

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甲州市塩山上於曽の臨済宗向嶽寺派総本山、塩山向嶽寺です。康暦二年(1380)武田信成が創建した甲斐の中でも屈指の名刹です。名刹だけあり、武田家や徳川家の保護をうけ、今現在の境内も同じ臨済宗の恵林寺とは異なり、程よい静けさがあり、心地よい緊張感の漂う場所となっています。

永和二年(1376)〜明和六年(1769)までの約400年(!)、こちらの歴代住職が書き継いだとされる「塩山向嶽庵小年代記」は誤記などがあったりするそうですが武田氏や甲斐国内を研究するにあたっての貴重な資料となっています。

また、建造物も古くからのものが残されており、中門は国の重要文化財に指定されています。

 

右上の写真、裏手にこんもりと山が見えていますが、コレが「塩の山」。現山梨市の「差出の磯」とともに、古今和歌集などに登場します。

 

向嶽寺は武田家滅亡時織田軍から逃げ栗原の海島寺から落ちてきた、信玄五女松姫らを1ヶ月受け入れています。その後彼女らは八王子に落ち延び、松姫は信松尼として旧武田家臣を支えていきます。

また、甲斐に入った織田信長は甲斐の寺社を徹底して焼き払っていきますが、こちらの寺院は免れます。向嶽寺は朝廷の庇護を受けた大寺院であったため、朝廷を利用することを考えていた信長は思いとどまったのでは?ともいわれています。

 <2007/11/26>