甲斐武田を探検っ!!

 

古長禅寺 大井夫人墓所

 

史跡一覧へ

人物一覧へ

トップへはこちら→

ma015

武田信玄に関係する寺院の中でも、信玄の母大井夫人が葬られているお寺として結構メジャーなんではないでしょうか?ですので、こちらのお寺、すっかりイメージは観光メインで周囲も含めて派手な感じなのかな?と思っていたんですが。特に看板なども見当たらず、周囲に溶け込むようにたたずんでいます。かつては長禅寺と言われていた夢窓国師ゆかりのお寺です。

大井夫人は、大井信達の長女で、大井氏と武田氏和平の際、武田信虎に嫁ぎました。のちに武田晴信(信玄)の生母となり、幼少の晴信教育のため躑躅ヶ崎館からこちらのお寺まで来ていたそうです。こちらのお寺にいたのは元尾張(愛知県名古屋市)瑞泉寺住持、岐秀元伯禅師。

やがて、長禅寺は信玄により甲府に移され、岐秀禅師を開山とし甲府五山の第一位に位置づけられます。府中に移された理由は年老いた禅師のため、宗教政策上、甲斐首都府中防衛上など様々に考えられています。その際、こちらの長禅寺は「古長禅寺」と改称されたそうです。

ちなみに、永禄二年(1559)武田晴信39歳は岐秀禅師のもとに出家し、信玄と名乗るようになります。信玄は幼少のころから禅師に学問・兵法など様々なことを学び20有余年親交を重ねたことで、大きくなっていったということなんでしょうね。

こちらのお寺には、樹齢700年!!の夢窓国師が植えたとされる国指定天然記念物のビャクシンがあり、さらに国師作庭の心字の池もあります。

本堂を左から回りこみ、本堂裏に大井夫人のお墓がありました。行くまでに案内板もあり、お墓の周りには説明版もしっかり建っています。また、大井夫人の歌が刻まれた石碑も建っていますので、そちらも見てみてはいかがでしょうか。

 

こちらのお寺に通じる道はそれほど広くないので、意外とわかりづらいのかも知れません。車はお寺の道を挟んだ南側(左の写真を撮影した場所)に駐車しました。

 

大井夫人墓

 <2006/12/12>