甲斐武田を探検っ!!

       勝山城(勝山古戦場)

 

 史跡一覧へ

 人物一覧へ

 トップへはこちら→

ki020

史跡・関係地名:勝山城(勝山古戦場・宇津谷古戦場・狐山古戦場)

住所:山梨県甲斐市宇津谷

場所のわかりやすさ:△

駐車場:×

説明板:×

売店:×

地図:

 

関係人物:武田信玄・原加賀守など

<伝説の残る場所>江戸時代中期に編纂されたという「武田三代軍記」には、天文七年(1538)七月十八日諏訪頼重・小笠原長時の信濃勢を武田晴信が韮崎で迎え撃った際、原加賀守の率いる遊撃隊がこの地(勝山)より撃って出て、大勝したと残ります。しかし、武田晴信が家督を継いだのは天文十年(1541)であることなどから、この戦は存在が疑問視されています。ちなみに原加賀守は原加賀守昌俊とも伝わり、武田二十四将の一人にも数えられる原隼人佑昌胤の父親です。父子ともに陣場奉行として活躍、武田信玄からも大いに信頼されています。

甲斐国志古跡部には「宇津谷古戦場」として紹介され、本陣のおかれた場所が「勝山」と記されています。

 

 

 

現地は台地の先端になっており、下にはJR中央本線の金剛寺トンネルが通っています。城跡とされる場所には特に遺構などは残されていないようです。夏場に伺ったので雑草などが「ものすごく」生い茂り、確認できていません。石垣などが残されていますが、これは近年耕地化された際のものであるようです。

台地途中からですが、見晴らしは効きました。台地先端部では下を流れる塩川や諏訪への道の監視が可能であったのでしょう。烽火台・物見台としての使用が大いに考えられると図説山城探訪は指摘しています。

また、草のない冬期に行ってしっかりと見たいと思います。

周辺の甲斐武田氏関係地:金剛地金山神社妙善寺など

参考文献:図解山城探訪第15集/宮坂武男・甲斐国志など

<2012/7/17>