甲斐武田を探検っ!!

       三井氏屋敷(篠原の塁)

 

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ki019

史跡・関係地名:三井氏屋敷・篠原の塁

住所:山梨県甲斐市篠原

場所のわかりやすさ:○

駐車場:△(甲斐市市役所に)

説明板:×

売店:×

地図:

私有地のため、自主規制

関係人物:三井氏・三井宗三など

 

<赤い軍勢>甲斐武田氏、信虎から信玄の代に活躍した飯富兵部少輔、さらに信玄から勝頼の代に重臣として活躍した山県昌景。甲冑を全て赤に統一した「赤備え」で近隣戦国大名からも恐れられた人物です。飯富・山県氏が居を構えていたといわれるのが、甲斐市(かつての竜王町)。その名残と言われる場所も残されているのですが、ここは三井氏屋敷。その三井氏が彼等とどのような関わりがあるかというと・・・。

よくわかっていません。しかしながら、永禄十年六月二十八日高野山成慶院で西ヤワタ(八幡)三井宗三という人物が飯富兵部少輔を供養しています。更に天正五年には「篠原三井宗三」も残されておりという彼は飯富氏・山県氏に仕えたのではないかと思われています。ちなみに西八幡という地区は現在も甲斐市内に実在し、篠原地区の隣となります。また、甲斐武田氏滅亡後甲斐を治めた河尻秀隆を討ったとされる三井弥一郎は山県昌景被官であったとされています。史料は残されておらず、確実な話ではないのですが、現在も「三井氏」がお住まいです。

<現在の屋敷>

 

屋敷の周囲は堀や土塁であったであろう細長い地割が確認できます。現在は水路ですが、かつては川で四方を囲まれていた模様です。

 

屋敷西方には今も水を湛えた堀が残されています。屋敷入口であった東側にもその痕跡を見ることができます。

周辺の甲斐武田氏関係地:飯富兵部屋敷跡信玄堤など

参考文献:甲斐国志・図説山城探訪16集/宮坂武男・武田氏研究34号「高野山成慶院甲斐国供養帳」/丸島和洋他

<2012/5/14>