甲斐武田を探検っ!!

       竜王河原宿

 

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史跡・関係地名:竜王河原宿

住所:山梨県甲斐市竜王

場所のわかりやすさ:△

駐車場:×(近くの信玄堤に)

説明板:○

売店:×

地図:

関係人物:武田信玄など

<ドラゴンキング! - DragonKing!>多くの人に人気がある「竜王」という地名ですが、現信玄堤近くのこの地域、古くは「龍王端(りゅうおうたん)」と呼ばれており、ここに住む竜がよく水害を起こしていました。それを見た慈照寺開山である真翁宗見(しんおうそうけん)が竜を戒めます。竜は感謝し、お礼として慈照寺内に水が湧きます。このことから、この湧水を「龍王水」と呼び、ソレが竜王の語源になったのとか。

 

旧竜王町、平成の合併により現在は甲斐市竜王となっています。このあたりの武田信玄に関わる代表的なモノといえば信玄堤。現在の堤防は明治時代になってから築かれたものですが、武田信玄も流路が安定しない釜無川・御勅使川に苦しめられ、その河川の水防に着手していたと伝わっています。

竜王村誌によると天文十一年(1542)頃(もしくは信虎時代からか?とも)から信玄により築堤が開始されたといわれており、堤防が築かれると、かつては釜無川の河原だったこの地に堤防管理と河原の耕地化を図るため、特権を与えるなどし居住者を募集。近隣の西山郷・越石郷から人々が五十戸ほど集まる集落を形成したのが竜王河原宿の始まりであり、永禄三年(1560)八月二日付の武田家朱印状が残り、竜王之川除に居住すると棟別役一切免除と記されています。その朱印状により、永禄三年がそのまま竜王河原宿の成立年とはならないのですが、近い年代おそらくは永禄年間(1558-1570)であったといわれています。

写真は現在の竜王河原宿の町並みです。山梨県史によると、その町並み400mあまりなのだとか。道路の両側には間口五〜六間程度の短冊型地割が残されていて、古くからの名残があります。永禄四年(1561)銘の石橋部材も残されているようです。

なお、道沿いには説明板が建てられています。右上の写真はその説明板の一部を写したもの。地元の民家に伝わる武田信玄の朱印状(棟別免税)が紹介されています。 

 

<水防の町>毎年四月十五日は「おみゆきさん(御幸祭)」。三社神社の水防祈願のお祭りで、武田氏の時代にまでさかのぼるのではないか?といわれている由緒ある祭典です。竜王河原宿内もお祭り。神輿が通ります。

周辺の甲斐武田氏関係地:三社神社信玄堤慈照寺など

参考文献など:山梨県史資料編7・竜王村誌・山梨県立博物館シンボル展「信玄堤」パンフレットなど

<2009/7/18 2011/4/16リニューアル>