甲斐武田を探検っ!!

       東照神君御殿場

 

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史跡・関係地名:東照神君御殿場

住所:山梨県甲府市右左口町

場所のわかりやすさ:△

駐車場:△

説明板:△

売店:×

地図:

 

関係人物:有馬晴信・武田信玄など

 

<天正壬午の乱で家康は・・・>天正十年(1582)武田氏は田野で勝頼・信勝死去により滅亡してしまいますが、その際織田信長と徳川家康も甲斐に入ります。信長は諏訪方面から甲斐に入り、中道往還を通り富士山を見ながら駿河に抜けていきますが、徳川家康は右左口(うばぐち)宿を整備していき、道路も整備します。そのとき、滞在して陣をはった跡が、「東照神君御殿場」だそうです。

中道往還の通る中道(なかみち)という地名ですが、若彦路(笛吹市〜河口湖〜富士山東側〜駿河東部をむすぶ道)と河内路(富士川沿いに南下し、鰍沢〜身延〜駿河とをむすぶ道)の中間にあることから、「中道」と呼ばれるようになったともいわれます。

中道往還は、今では国道358号(甲府精進湖線)としてしっかり山梨県と静岡県とをむすぶ重要な道になっています。ところで、当然?ながら、右左口宿・東照神君御殿場がある場所は旧道であり、自動車は地元住民の方々のみが利用する・・・、そのような感じの気持ちのよい場所です。

周辺の甲斐武田氏関係地:迦葉坂・右左口宿など

参考文献など:甲斐国志・天正壬午の乱/平山優など

<2006/9/7 2011/11/26リニューアル>