甲斐武田を探検っ!!

       小松山烽火台

 

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史跡・関係地名:小松山烽火台(小松山・小松山園地)

住所:山梨県甲府市小松町

場所のわかりやすさ:△

駐車場:×(山なので近くには・・・)

説明板:×

売店:×

地図:

 

 

関係人物:武田氏・御岳衆など

<武田の杜の小さな公園>甲府市街地北部にある山々は「武田の杜」として整備され、要害山・湯村山などをはじめ、遊歩道が整備されています。ここ小松山も「武田の杜」のひとつで躑躅ヶ崎館から北西の位置にあります。小松町(小松庄)にあるから「小松山」なのだそうですが、「図説山城探訪」によると、この山には烽火台の伝承が残されているそうです。

 

周回している遊歩道から「小松山園地」に向かう道。そこを進むと10分もかからず小松山山頂(標高521.5m)。

 

山頂付近はベンチ・テーブルが数基設置されて、甲府盆地を眺めつつゆっくりとした時間を過ごすことができます。遊歩道・山頂周辺に遺構はありません。ただ伝承が残る・・・そんな場所です。

 

眺めはよいので、戦国時代などに何かしらの設備があってもおかしくはないですよね。甲府盆地を眺める南側が大きく開けているのですが、西南の方向に目を向けると湯村山の烽火台を視界に捕らえることができます(右上写真)。ちょうど中央付近の一番低く盆地側に張り出しているピークが湯村山。右に大きく見えるピークは法泉寺山と呼ばれ、こちらにも烽火台が・・・という伝承が残されているようです。

<誰が?>甲斐国志によれば、武田氏滅亡後の天正壬午の乱の際には御岳衆が金子(きんす)峠を守ったと記されています。金子峠は小松山の北東2Km程度にある峠で、御岳衆の所領と府中を結ぶ峠です。「山城探訪」は小松山は御岳衆の影響化にあったのではなかろうかと考察していますがどうでしょうか。

個人的に、武田の杜のトレッキングはとても気にいっています。気軽に自然とふれあい、あちらこちらに甲斐武田氏の史跡や伝承地が残されているのですから。ただし、甲斐武田氏との関係を記す説明板はホボありません。事前に予習して行き現地でじっくり堪能しましょう。

周辺の甲斐武田氏関係地:諏訪神社(小松町)など

参考文献:甲斐国志・図解山城探訪第十六集/宮坂武男など

<2013/3/16>