甲斐武田を探検っ!!

       片山

 

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史跡・関係地名:片山(堅山・武田の杜)

住所:山梨県甲府市平瀬町・山宮町

場所のわかりやすさ:△

駐車場:○

説明板:×

売店:×

地図:

 

関係人物:武田信虎・荻原常陸介など

<策略の地>全国的にも知られる昇仙峡へむかう昇仙峡ライン、千塚地区を北方に進んでいる途中に目の前に低く横たわる山が「片山」。堅くてよい石が採れたことから「堅山」という名がついたとも言われています。近年まで採石していたようですね。

大永元年(1521)、当時甲斐武田氏と対抗していた駿河今川軍が甲斐に侵攻。躑躅ヶ崎館に近い場所まで進出してきます。武田信虎は身重であった夫人を要害山城に避難させていますが、そんな中武田信虎の軍師とも言われた荻原常陸介は一計。この片山の地に一軍を進ませ、今川軍が気をとられているスキに別の隊(信虎率いる主力)が背後より攻撃をかけるというもの。その作戦は見事成功し、駿河勢は多くの犠牲者を出し撤退しました。また、荻原は近隣の農民などに旗やのぼりを多く立たせ、夜にはかがり火を焚き武田軍が大軍であると見せかけ、今川軍の戦意を失わせたとも伝わっています。十月十六日の飯田河原合戦での出来事であったといいます。

 

実際片山に登るとよく荒川が見えます。当然、麓からもよく片山が見えたはずですね。

 

<武田の杜>現在片山は「武田の杜」として整備され、トレイルレースなども行なわれています。大規模に造成されているのでしょう、現在も歩道の整備を行なっていました。そのような状態なので、荻原常陸が策略をめぐらせた当時のまま・・・ということはないのですが、傾斜などもきつくなく、散策すると楽しいのではないでしょうか。自然の中を歩きながら、ここは武田が・・・と思いをはせるのはなんとも幸せな時間なはず!

周辺の甲斐武田氏関係地:和田の狼煙台湯村山城など

参考文献:甲斐国志・図解山城探訪第十六集/宮坂武男・武田氏年表信虎信玄勝頼/武田氏研究会など

<2013/2/13>