甲斐武田を探検っ!!

       小宮山氏屋敷

 

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史跡・関係地名:小宮山氏屋敷(古屋敷・小宮山土佐守居跡)

住所:山梨県甲府市中小河原

場所のわかりやすさ:○

駐車場:×(路駐は避けましょう)

説明板:×

売店:×

地図:

 

関係人物:小宮山忠房など

<小宮山氏といえば>甲斐国志に記載があり、「図説山城探訪」が推定する小宮山氏屋敷です。小宮山土佐守忠房の屋敷跡と伝わります。

小宮山氏といえば小宮山内膳。小宮山内膳といえば、武田勝頼が田野に追い詰められた際、蟄居の身でありながら勝頼のもとに駆けつけ討死したという人物。江戸時代には「忠臣の鏡」とされたのだとか。甲斐国志では、内膳の父は丹後守虎高。虎高は信玄の代の人物であり、主に信濃侵攻時に活躍し、諏訪郡代も一時期つとめています。その丹後守の弟と伝わるのが土佐守忠房。土佐守は武田信玄の弟逍遥軒信綱に属しますが、武田家滅亡。後はこの地に住み亡くなったと伝わります。甲斐国志によるとこの地は天正年間に水害にあい、小宮山氏は現北杜市に移住したとしています。

 

<市街地となり>現在、屋敷跡北方には国道20号(甲府バイパス)が、西方には国道358号(平和通り)が走っています。現代では交通の要衝で(戦国時代には甲府バイパスはなかったのですが)山梨県内でも混雑する地域となっています。屋敷西方に荒川が流れていますので、水害があって・・・という甲斐国志記述も納得の立地となっています。現在小宮山氏屋敷跡には遺構も残らず、地割でも確認できず(現レンタルのニッ○○)。古屋敷という地名だけが当時を偲ばせているだけです。

周辺の甲斐武田氏関係地:仁勝寺玉傳寺跡など

参考文献:甲斐国志・図説山城探訪第16集/宮坂武男・武田勝頼のすべて/編柴辻俊六平山優など

<2012/11/3>