甲斐武田を探検っ!!

       大龍山冨春院

 

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史跡・関係地名:曹洞宗大龍山冨春院/今井氏墓所

住所:山梨県甲府市上今井町

場所のわかりやすさ:△

駐車場:○

説明板:×

売店:×

地図:

関係人物:今井肥後守など

  

甲府市上帯那町にある幸澗院末寺の冨春院。中央写真は、近年建てられた今井氏供養塔。開基は今井肥後守と伝わり、現在もその家系は近隣にお住まいで、昭和初期頃まで冨春院住職は毎年お盆に開基今井氏の当主を招き、もてなしていたのだとか。

 

本堂横には開基今井肥後守夫妻を供養するための石仏があります。が、すべて首がありません・・・

開基今井肥後守の法名は「大龍院殿東江常光大庵主」、慶長三年(1598)三月二十一日死去、同じく開基である夫人は「今井院殿竺相慈閑大法尼」で、元和元年(1615)六月三日死去と伝わります。

  

今日、冨春院墓地内には今井氏墓所が古いものから新しい物まで数多くあります。その中の墓誌には今井信景・信経・信乂・信慶・信是・信元の名が刻まれたものもあります。これを見ると、今井肥後守は逸見今井氏の系統であることが考えられます。ただし上今井今井氏の始祖肥後守以前がはっきりとしておらず、ある系図では、今井九兵衛信俊(昌茂)が上今井に居をおきその氏族肥後守信行が始祖となったと伝わりますが、これは出所がはっきりせず、系譜・肥後守実名ともに断定するには至っていません。

なお、同族である府中今井氏は勝沼武田氏(信友)討死後、信甫が勝沼に入部。大きな力を持ちますが、信玄により粛清されたと考えられています。勝沼信元謀反未遂事件が、実は勝沼(府中)今井氏のことであったということです。

周辺の甲斐武田氏関係地:玉傳寺跡仁勝寺報恩寺など

参考文献:甲斐国志・今井肥後守の系譜/坂本徳一・武田氏研究40号(府中今井氏の消長)/秋山敬他

<2012/4/23>