甲斐武田を探検っ!!

 

土屋右衛門尉昌続屋敷跡(古府中)

 

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武田神社(躑躅ヶ崎館跡)北東側の家臣屋敷です。すぐ近くには小山田信茂武田信廉の屋敷があったといわれます。あと少し歩くと山本勘助屋敷跡もあります。現在は住宅地となっています。専用駐車場などはありませんので、武田神社から歩いていきましょう!

写真を見ておわかりの通り、遺構などはありません。ただし、この説明板のある少し東側の公園付近の調査をしたところ、一辺約50メートルの屋敷跡が発掘されました。地名はこのあたりを土屋敷(土屋屋敷が短縮したもの?)のとよび、また「古府の図」でもほぼ同地点が土屋昌続屋敷とされていることから、実際に屋敷があった可能性が高いのだとか。

土屋昌続は金丸虎義の次男。武田信玄の奥近習として仕え、同僚の真田昌幸・曾根昌世・三枝昌貞・長坂源五郎・初鹿野源五郎らとともに大きく成長、特に川中島合戦では大いに活躍、信玄の命により甲斐の名族土屋氏を継ぎます。また外交や奉行などでも活躍をみせた人物でした。

 

土屋右衛門尉昌続

彼は天文十四年(1545)生まれ、天正三年(1575)長篠合戦にて討死します。信玄が死去した際には追腹を切ろうとし、春日虎綱に止められたのだとか。

顔写真は説明板のものを使用させていただいています。

 <2009/5/29>