甲斐武田を探検っ!!

 

武田氏館(川田館)跡

 

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躑躅ヶ崎館(現武田神社)に移る前はここが武田氏の館でした。永正十六年(1519)武田信虎が川田から躑躅ヶ崎に館を移しました。いつからこの川田に館があったかというと、それはちょっと現時点では不明なようです。

石和館とも言われますが、現在この場所は甲府市川田町となっています。石和は古くから、様々な道が交差するため町が栄えていて、なにかと便利だったようで、川田の館と石和の街が隣りあう形であったようです。現在も国道20号(甲州街道)、国道140号(雁坂道)、国道137号(御坂路)などが笛吹市石和町内を走っています。

 

上の写真の場所から北西にある二宮神社。この周辺も館だったそうです。この地域、昔から富士川の支流笛吹(ふえふき)川が暴れまくって、しょっちゅう氾濫してしまい上流から大量の土砂を運んでますんですっかり埋まってしまい、目に見える遺構などはありません。しかしながら少し掘ったら、当時のものが出てきたそうです。そのような案内板が建っています。

 

結局、信虎も氾濫する川にムカついて・・・っていうのも引越しした理由のひとつにあるようです。ちなみに写真の後ろにチラチラ見えてる山。ここにはしっかり詰城があったみたいです。

<2006/8/11>

遺構などはありませんって言い切っといて申し訳ないんですが、二宮神社周辺を囲むように流れている水路、これは館の堀跡?と言われているそうです。また、神社の裏にはほんの少し盛り上がっているところがあり、ソレが土塁跡?という言われ方もしているそうです。

 

 土塁跡?

 堀跡と土塁跡?

 堀跡?

 

 

<2006/10/06 追加>