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       勝沼氏館跡

 

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勝沼氏館跡の東隣には家臣屋敷があります。こちらもあわせてどうぞ!

史跡・関係地名:国指定史跡 勝沼氏館跡

住所:山梨県甲州市勝沼町勝沼

場所のわかりやすさ:○

駐車場:○

説明板:○

売店:×

地図:

関係人物:勝沼信友・勝沼信元・今井信房・今井信甫など

<全国的にも貴重な中世館跡>甲州市勝沼町にある勝沼氏館跡。武田信虎の弟勝沼信友、さらにその子信元の館跡と伝わります。昭和四十八年(1973)学術調査がされた際は、この館で生活した跡である陶磁器や渡来銭などが出土しました。現在、館跡は公園として整備され、建物跡や間取りさらに敷地の周りには堀跡などがしっかり再現されています。周辺には武田氏に関する史跡も多く残され、もちろん観光ぶどう園、ワイナリーなども多くあります。

 

 

館の西から南にかけては崖となっています。北と東に土塁と堀を巡らせた造りとなっています。

 

 

館内部は建築物がどの辺りにあったかなどの説明がしっかりされており、中世の生活を思い起こすことが容易にできます。なお、館跡は発掘調査により、三つの時期にわけることができるようです。勝沼信友が居た時期は第二期と考えられています。第三期は信友の後、恐らくは今井氏の代と考えられます。第一期は勝沼信友の前となりますが、信友の前は栗原氏がこの地を領していたと考えられており、勝沼氏館は、栗原信遠もしくはその一族が築造したのではないかと思われています。

 

<金の工房>2008年、勝沼氏館内南西側工房跡から出土した多くの土器片から、金を検出したと山梨県立博物館から発表がありました。これは大きな発見で、金の製錬が館内工房で行われていたとみられます。戦国武将の館内で金の工房が確認されたのは初めて。通常金山は金山衆(かなやましゅう)と呼ばれた集団が大名の許可を得て、開発管理していたと見られていました。しかしながら今回のこの発見で、金山から産出された金は信頼できる家臣により直接管理されて、さらには館内で厳重な管理の下貨幣(甲州金?)に加工されていたと考えられるようになりました。誰の指示で?誰が?などまだ未確定の部分ばかりですが、この発見は、戦国大名の権力を知る上でも貴重な発見といわれます。

  

<勝沼氏と今井氏>勝沼の地は甲府盆地の東に位置しています。勝沼からさらに現国道20号線(甲州街道)でその東方にある御坂山地の笹子峠を越えると、郡内小山田氏の勢力下であった郡内地方になります。さらにその先には武蔵・相模があり、その重要な位置関係もあり、勝沼信友は武田信虎の命でこの地に入り、郡内小山田氏さらには小田原北条氏などの監視・抑えも行なったと伝わります。信友は天文四年(1535)山中(現山中湖村)にて甲斐に侵攻してきた北条氏綱との戦いで討死。甲陽軍鑑によれば、その跡を継いだ子信元は越後長尾氏内通の疑いで永禄三年(1560)武田信玄に滅ぼされたと伝わります。

 

しかしながら「武田氏研究40号」の秋山敬氏によると、天文十四年の信濃の藤沢氏への仲介をしたと伝わる人物は勝沼信元ではなく、今井信甫であるという指摘がされています。仲介文書への署名は「勝ツ沼ノ相州」となっており、勝沼にいる相模守ということで、当時勝沼にいた相模守は今井相模守信甫であったことや、高野山への逆修供養には同年代勝沼に住した今井氏から多くされていることなど。それをうけ、信用できる歴史資料に登場しない勝沼信元という人物は存在自体が怪しまれてしまっています。

今井氏といえば逸見の地(現北杜市)に勢力をもち、信虎に対抗した今井信元(逸見今井氏)が有名でしょうか?勝沼に入った今井氏は府中今井氏と呼ばれていました。現在の甲府市南部に居を構えていました。今井信元とは同族ですが、信元に代表される逸見今井氏は信虎に対抗し衰退。府中今井氏は信虎の父信縄と信縄の兄油川信恵の争いで、信恵方についてしまい敗れてしまいます。しかしその後の武田信虎の元では従順で、今井信房は大井氏との争いで討死。その跡を継いだ子が信甫であると言われています。信甫は甲府盆地東部に勢力を持った栗原氏と婚姻関係にあり、また父の信房も栗原氏と婚姻しています。その関係や元々は武田氏の出という毛並みの良さもあったのか、勝沼信友討死後勝沼に入部。その後、子安芸守信良とともに天文十九年(1550)大善寺造営に関わりますが、以降父子ともに名前が現れなくなります。甲陽軍鑑でいう永禄三年(1560)勝沼信元謀反事件と関係があるのでしょうか?「武田氏研究40号」の秋山敬氏は興味深く「府中今井氏」を追っています。ご覧になってみてはいかがでしょう。

左上の写真は理慶尼が建てたという地蔵尊を再現したもので、館跡駐車場にあります。その理慶尼も、勝沼氏の女性と考えられていましたが、今井氏の出である可能性が指摘されています。

周辺の甲斐武田氏関係地:勝沼氏館跡勝沼氏館跡家臣屋敷大善寺など

参考文献:武田信虎のすべて・新編武田信玄のすべて・勝沼町誌・武田氏研究40号「府中今井氏の消長」・戦国大名武田氏と甲斐の中世他

勝沼氏館跡の東隣には家臣屋敷があります。こちらもあわせてどうぞ!

<2006/8/11 2010/3/28リニューアル>