甲斐武田を探検っ!!

 

勝沼氏館跡家臣屋敷

 

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国の史跡、勝沼氏館跡はこちらにどうぞ。

 武田信虎の弟、勝沼(ホントは武田を名乗っていましたが)信友さらにその子信元の屋敷跡が州市勝沼にあります。信友は勝沼という甲府盆地東の地に居を構えたことで、郡内地方(現都留市・大月市・富士吉田市などです)の小山田氏・さらには相模の北条氏の抑えとなります。実際、信友は郡内に侵攻した北条氏と戦い天文四年(1532)討死してしまいます。その後を継いだ信元は一門として若き信玄を支えますが、越後長尾氏に通じたとして永禄三年(1560)信玄に殺されます。もっとも激戦が繰り広げられた第四次川中島合戦の前年のことです。

「反逆者」ということでしょうか、勝沼氏の史料などはあまり残されてなく、研究があまり進んでいないのだとか。

しかし、館の遺構は良好な状態で残されていて、さらに整備もされているので、かなり楽しめる史跡となっています。その勝沼氏の館跡の東側に家臣屋敷跡があります。一部はまだ整備されていませんが、ある程度は整備され説明板などもバッチリ。

 

勝沼氏館跡から東にむかう道。その道の左右に史跡が広がります。右手は整備されてはなく、「東郭跡」「家臣屋敷跡」などの案内がされているのみです。

道の左手にある家臣屋敷はしっかり整備されていて、住居が再現されていたり!井戸や土塁、水路などもありますので、ゼヒ見て楽しんでください!周囲の状況から推測するとかなり重要な役目についていた家臣であったそうです。前述したように、勝沼氏は知られていないので、家臣の名前などはわからないのですが、「誰だろ?」そう考えるとイロイロ妄想?(笑)が広がります。

 

左の写真ですが勝沼氏館跡の土塁にのぼり、東にある屋敷跡を「パシャリ」。手前の広い平面が家臣屋敷跡などです。

また、写真の山裾には大善寺があります。そしてこの山沿いを走る国道20号(甲州街道)を行くと景徳院、笹子峠、そして岩殿城へと向かいます。

国の史跡、勝沼氏館跡はこちらにどうぞ。

 <2008/3/3>