甲斐武田を探検っ!!

 

金桜神社 

 

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甲府市北部、景勝地として有名な御岳昇仙峡のさらに奥にあります。ですので、行き方としては、標識に従い「御岳昇仙峡」に向かっていただき、その「御岳昇仙峡」を左に眺めつつ、さらにすすんでいただけば着きます。駐車場も当然?あります。山の中です、道は狭くはないんですが、くねっています。車の運転には注意してくださいね!

武田氏は金桜神社を祈願所としていました。武田勝頼さらには勝頼の弟仁科盛信(織田家の甲斐侵攻時に高遠城で武田家としてほぼ唯一抵抗した人物として有名ですよね!)が奉納したと言われるものも伝わっているそうです。

かつてこちらの神社には鐘があったそうです。自分には偽りがない、と証明する際鐘をついて神に誓ったんだとか。甲陽軍鑑によると、信玄死後家臣団の内部抗争が激しくなるなか、内藤昌秀と長坂長閑斎が激しい言い争いをしたそうですが、そのとき内藤昌秀は長閑斎に対し「言っていることが本当ならば御岳の鐘をつけ!」と言っています。

 

 

神社の門前には、「御岳衆(みたけしゅう)」が居を構えていたとか。上の写真のへんかな?御岳衆は甲斐府中(つまりは甲府ですね!)北方山岳地帯の警護にあたっていたそうです。武田氏滅亡後は徳川氏に帰属します。

 

 

 と、いうことで、先ほどからしきりに話しに出てくる昇仙峡です。自分の写真センスのなさに悲しくなってきますが、ホントはすばらしい景観です!季節折々の表情みせますので、何回行っても飽きることはないかと思いますよ。ただ観光地だけあって、特に紅葉の季節は混むと思いますので注意!けど先日(2006/10/26)行ったときにはまだ紅葉してませんでしたね。

写真はともに覚円峰です。

 <2006/10/27>