甲斐武田を探検っ!!

       下釜口烽火台

 

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史跡・関係地名:下釜口烽火台(城山城郭遺構)

住所:山梨県山梨市三富下釜口

場所のわかりやすさ:△

駐車場:△

説明板:△

売店:×

地図:

 

関係人物:荻原氏・武田氏など

<雁坂口の連絡網と警備>国道140号は古くは雁坂道といい、国境雁坂峠を越えると埼玉県(かつては武蔵)になります。武田信虎はこの道を通って出兵を行い、信玄の時代になると上杉方の間者が利用し、武田家臣であり有力国人の勝沼今井氏の謀反未遂が発生したりなどしています。また、信玄の住居である躑躅ヶ崎館北方に抜ける間道もあることから、武田氏にとって、極めて重要な道の一つでした。甲斐武田氏は番所を設け、取り締まりを強化したり、さらには烽火台を設け情報伝達のスピード化に力を入れます。その中の一つが下釜口烽火台です。烽火台とは言いますが、雁坂道の監視台としても使用されたと伝わります。

烽火台の警備は荻原常陸介衆、荻原豊前守衆が担当したとも言われており、近隣には荻原氏屋敷跡といわれる場所も残されています。

 

<登るに厳しい・・・>烽火台は、国道140号の城山トンネル上に位置しています。笛吹川沿いの旧道に「笛吹の湯」という施設がありますが、その隣に城山公園がありグラウンドがあります。そこから、らせん階段をのぼり烽火台跡に行けるはずなのですが立ち入り禁止?な状況です。

 

 

とりあえず、らせん階段は使用せず、烽火台東側かららせん階段上部に合流するルートで行きましたが、山頂に続く遊歩道は全くといいほど使用された形跡がなくなっており、足場も腐食していたりと。急勾配で全面落葉に覆われて大変滑りやすくなっており、苦労しました。調べたところ、北側より烽火台に通じる尾根沿いのルートがあるので、そちらを利用したほうがよいと思います。

 

何とか山頂に登りつくと、ソコが主郭部になります。主郭部には巨大な見晴台?が整備されています。見晴台の南側は一段低くなり平坦部があるのでこちらも郭かと思われるのですが、鉄塔が建っており、これを建てるため造成された平坦地とも考えられます。もちろん主郭部の見晴らし台をつくる際にもなんらかの造成が入っているかも知れません。ちなみに山梨県史によると、烽火台跡の遺構は公園遊歩道建設などのため、はっきりと確認できなくなっているようです。残念ですね・・・

 

 

主郭部北端には石が横に並んでいる場所。ここは名残がありそうですね。この辺りからは、雁坂峠方面が望めます。

 

遺構がわかりづらくなってしまっている主郭部より、北方の尾根沿いが楽しいかも知れません。堀切がはっきりと残されています。尾根は少し細めであり、両面は急斜面なのでご注意ください。無理無茶はしないで、楽しんでみましょう。

周辺の甲斐武田氏関係地:川浦温泉荻原氏屋敷跡など

参考文献など:甲斐国志・山梨県史など

<2008/12/25 2012/1/25リニューアル>