甲斐武田を探検っ!!

 

石積出し

 

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ma012

武田氏史跡でも抜群の知名度の「信玄堤」。その堤を造る主な原因となったのがこの御勅使川(みだいがわ)。どうやら竜王から甲府市南部(現落合町付近)までが広大な水害地域だったようです。

梅雨時に行ったんですが、なるほど。悪さしそうですわ!!(笑)で、悪さし放題なのを石積出しで流れを変え、少しでも被害を抑えるようにした、と。

場所ですが、御勅使川をグングン昇っていくとあります(看板には「将棋頭」ってあるんですが、どっかにあるんですかね?)。その御勅使川の流れを変える、または整えるために造られた、この「石積出し」は上流から「一番堤、二番堤・・・・」となっており、八番堤まであったそうです。

説明板によると、現在確認できるのは五番までです。この様な水防治水工事の結果、御勅使川と釜無川の合流地点が固定され、徐々に水害も減っていきました。

  白根西橋より上流です。

 

 同じく御勅使川下流。

 

  

 左から、一番堤・二番堤(遠景でわかりずらい!近景写真あるんですが近すぎて・・・/笑)・三番堤となっています。三番堤は半分埋もれてる状態です。四番堤は・・・・撮ってきてないです(汗)ちゃんと五番まで写真とれよなぁーって我ながら反省。

<2006/8/11>