甲斐武田を探検っ!!

       信州峠の遺構

 

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史跡・関係地名:信州峠の遺構

住所:山梨県北杜市須玉町小尾

場所のわかりやすさ:○

駐車場:○(信州峠付近に)

説明板:×

売店:×

地図:

関係人物:武田氏など

<国境の峠>山梨県と長野県境の信州峠。中央自動車道須玉ICから増富温泉に向かい、増富ダムに突き当たったところで左折。道なりに進むと到着です。信州峠は山梨県北杜市須玉町と長野県川上村を結んでいます。今では清里が有名な国道141号線に主役を奪われていますが、甲斐武田氏の時代は穂坂路と呼ばれ、人や物資の行き来が多くありました。山梨県史によると、その県境付近の山中に中世のものと考えられる堀と土塁状の遺構が残されているのだとか。

 

信州峠に到着すると山梨県側から向かって左手に「山梨百名山」の一つ、横尾山登山道入口の階段があります。そこを登るとすぐに遺構が現れますが、少しだけ登山道を進んだほうが、よりわかりやすいかもしれません。

 

 

堀と土塁は登山道か?と思うような高さなのですが、現在使用されている登山道と平行するように、たまに交差するなどして長く続きます。

 

通常は直線的なのですが、山に沿うようにカーブを描く場所もあり。

 

さらには傾斜が変わっても続いています。

尾根に出ても、なんとなくまだ続いているのでは?と感じさせる部分もあります。

なお、この遺構はいつ造られたかはわかっていないようです。ただ、穂坂路で国境付近。穂坂路の甲斐国側は烽火台のネットワークが形成されており、それとの関連性を山梨県史は指摘しています。遺構は約3Kmに渡り残されているようです。虎口を思わせる箇所もあるようですが、それは確認できませんでした。

<横尾山>

ちなみに、遺構に沿った登山道を進むと1時間強で横尾山山頂に。頂上に近い尾根付近は草原となっており、天気がよいと富士山・南アルプス・八ヶ岳・中央アルプス・北アルプスなどが見渡すことができます。

周辺の甲斐武田氏関係地:和田の烽火台・神戸の烽火台・前の山の烽火台など

参考文献:山梨県史資料編7中世4考古資料など

<2012/11/10>