甲斐武田を探検っ!!

 

宝樹寺 飯田但馬守虎春墓所

 

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武田信虎に仕え、信玄幼少時、弓馬を指南したといわれる飯田但馬守虎春です。宝樹寺は甲府の街中なのでかなりわかりやすく行きやすい場所なのだと思います。

左の写真、一番左にある石像、お地蔵さんですが甲斐国志によると、これが飯田虎春の墓標、6尺あるそうで通称「六尺地蔵」。正確には高さ182cm×幅40cm×厚さ32cm(甲府市の石像物)なのだそうです。こちらのお寺に着いたとき、ううーん、どこにあるのかなぁなーんて境内くまなくうろつき、結局わからず。諦めて帰ろうとしたのですが、駐車場真正面にありました(笑)

飯田但馬守虎春という人物ですが、詳しくはわかっていません。あまり史料には残されていないようです。

 

飯田但馬守虎春墓標

法名は「宝樹寺殿天桂円公大居士」と伝わっているのですが、これは甲府市法輪寺に伝わる1200年頃の甲斐源氏逸見有義と同じ法名なのだとか。どちらかが誤まりだといわれています。

<2006/8/16 2009/3/31一部修正>