甲斐武田を探検っ!!

 

保福寺 加藤丹後守景忠供養塔

 

史跡一覧へ

人物一覧へ

トップへはこちら→

 uh002

上野原の皆さん、こんにちは!と、いうことで、やっと上野原市に関するモノをアップすることができました。甲府盆地からですと遠いですよね、上野原。しかもお金浮かそうと一般道で行ったもんだから、もう何回くじけそうになったか(笑)帰りはしっかり中央自動車道使用させていただきました。

さて、こちらのお寺の行き方ですが、日大明誠高のほうから行くと駐車場がありますので便利です、道も広いですし。

保福寺(ほうふくじ)は永禄元年(1558)創立、開祖は加藤丹後守景忠となっています。山門の手前左側に、新しいんですが景忠の供養塔が建っています。彼は、上野原城主です。その地理的な面もあり小山田氏に属してます(「小山田弥三郎二百騎のうち覚えの衆」の一人です)。相模津久井口などの守備をまかされ、その後長篠にて討死しています。

父親は「戦国三駿河」と称される、加藤駿河守虎景(信邦)です(あとの二人は宇佐美定行・吉川元春)。また、川中島にて戦死した初鹿野源五郎の跡を継いだ伝右衛門昌次は景忠の弟です。

 

加藤丹後守景忠供養塔

法名「実山性心居士」

景忠が戦死したあと、加藤氏は子の信景が継ぎます。そして、武田氏滅亡時には一族ともども武蔵国箱根ヶ崎の逃れますが、百姓一揆により(北条氏とも言われています)討死します。

 <2007/4/22>